ひげ爺の今は〇〇となりにけり。

初期の老々介護日誌から、思い出の記、艶笑小咄、別サイトで歴史情話など掲載

どんど焼きのあと

2022.01.27 
子供時分は、正月気分も終わったどんど焼きのあとに、公民館に集まって「まんめいどー、ちんちんこー」と発声したように記憶している、今考えるとたぶん「なんまんだー南無阿弥、さんまいだー三昧」の子供仕様のお経文であったのかもしれない、大きな藁縄の注連縄を皆で回し合いながら、大声て詠って、そのあと飴玉・お菓子などもらって解散だった。
中学生になるともう来ない、小学生も上級生になると「まん」と「ちん」に別の意味を考えてしまうので、大声では謳えなくなる。


今年、妻の日記ノートを発見して、一週間ほど写し取って書いていたが、ふとその意味を考え、削除に至った。
不思議なもので、どんど焼きの炎と煙を見つめた夜のごとくに、もやもやしたものが吹っ切れて、新しい明日に生まれ変わって行くような気がした。
そして、昨日深夜未明に目覚めて、そのときに天啓を享けた、その想い、情景というものを小説に書こうとして、すでにきのう一日で2ページまで書き進んだ。
久しぶりに高揚して、毎日書いて行く材料が見つかった思いの、夢の最中にある。


ジュエは12歳の、老犬であるが、現在はまったく自分に懐いて、妻の不在を忘れさせてくれる。アニマルセラピーは確かに在る。理由が何であれ、息子が帰って来、妻も2か月ほどはジュエの鳴き声と一緒に過ごすことができた、せめてもの慰めであっただろう。