ひげ爺の今は〇〇となりにけり。

初期の老々介護日誌から、思い出の記、艶笑小咄、別サイトで歴史情話など掲載

ミイラのような足になっていく


↑最近この方の記事を楽しく読ませてもらっている。このお方は達人。著名な人との交流がある方なのかも知れない。


2021.04.17 妻が電話をかけてきて、
「転ばないようにして下さいね、と先生に言われたわ」
「そりゃあ、転んだら骨が折れる。もう脆くなっている年齢だよ」
「そうではなくて、転んだらお終いというわけ。それでもう、わたしは死ぬというわけ」
縁起でもない、と言えないところが今回の症状だ。
たしかに数か月に及んだ足の痛みからは、解放されるようだ。
しかし、足先の蜂窩織炎と同時に進行した、膝下の黒ずみ、二本の動脈壊死は所見では元に戻らないと診断された。
「たとえて言えば、ミイラのような足になっていく」
そこまで露骨には言わなかったが、妻にはわかっているらしい。
「退院して家に帰って、しばらくしたらわたしは死ぬ」
ほぼ隔日に病院に行っているが、顔を見ることも話すこともできないので、ケイタイだけが頼りになる。
入院時に看護師がケイタイ電話と充電にこだわった理由がよくわかった。
外部につながるのは、その方法しかないのだ。
電話では、慰めも元気づけも効果を発揮しない。
顔のないオバケに激励されても、かえって心配に火を注ぐ。
「帰って来て、ジュエや皆の顔を見たら、少しは気持ちも落ち着く」
「そうね。ジュエちゃんの飼い主はどうしているのかしら。快のカノジョから連絡はあるの?」
「ないよ。別れたのじゃないか」
「そう。残念だわ。わたしの生きている間に、仲直りして、結婚式を挙げてくれたらいいんだけど」
それはたぶん、無理だろうと思う。