ひげ爺の今は〇〇となりにけり。

初期の老々介護日誌から、思い出の記、艶笑小咄、別サイトで歴史情話など掲載

麒麟がくる

2021.02.07 いよいよ今夜、討ち入りですね。
毎年、この大河ドラマあるゆえに、民放はNHKとの格差を詰められないでいる。
スポンサーは受信料ほどの潤沢な予算を組ませてくれないからでしょう。
というより、安い?と聞くNHKギャラでも出演したいと思う、役者さんの欲求の方が強いからでしょう。
紅白と同じ心理です。
どこに行っても、大河ドラマ、紅白歌合戦に出た、というだけで客が集まる。
便利な、あるいは目くらましの呪文のようなものです。
ネットでは、本能寺の変、がどのように描かれるのか興味津々のようです。
脚本家の池端俊作さんは調べてみると、私と同年、のようです。
何か記憶があるような気がして、さらに深堀すると、吉備真備を主人公にした『大仏開眼』というNHKドラマを作っていました。
道理で、以前帰郷した折に真備町図書館に行ったときに目に触れたような記憶があるはずです。
『大仏開眼』を見たことはないので、迂闊な感想を述べるわけにはいかないですが、
吉備真備、明智光秀、どこか似たような人物像に描いているのではないかと今、思った次第です。
本能寺の変、は古代の応天門の変、とどこかでかぶっているのではないかしら。
時代は100年ほど隔たっていますが。
妻も、大河ドラマのファンですが、今は見ているだけです。
どんな感想も述べません。
菊丸が出ると、「ああ、あれ、あれ、」と名前は出ないが、すぐに反応します。
今朝は、顔を拭くときに鏡が曇っているというのできれいにガラス面を拭き取ると、
顔を近づけてしげしげと覗き込んでいる。
「見えなくていいものが見えて、美人に見えるのではないか」と揶揄してやると、
聞こえぬふりをして、じっと覗き込んでいる。
ネットでは「麒麟」は徳川家康のことではないかとの意見がありますが、
個人的には「麒麟」はやはり織田信長でなければならないと思います。
徳川300年は「麒麟」の世を作ったかもしれないが、駒や菊丸や大夫は、閉じ込められてしまった。
光秀の思い描いた「麒麟」はそうではなかったのではないか。
今夜8時の「麒麟」を期待します。


都之隠士の世界