ひげ爺の今は〇〇となりにけり。

初期の老々介護日誌から、思い出の記、艶笑小咄、別サイトで歴史情話など掲載

だから、この追悼文集を妻の霊前に

2021.06.30
妻の身の回り品を整理していると、書棚の下段の物入れの中に、思いがけないものを見つけた。
36歳で亡くなった、文学同人仲間のS君の、13回忌追悼文集だった。
S君は自分の三歳年下で、引っ越しの手伝いに来てもらったり、子供ができたばかりの我が家に遊びに来て、赤ん坊をあやしたりしていた。
妻も、だから、よく知っている。
ページをめくって、追悼文集に妻が寄稿しているのを改めて知って、感じるものがあったので、ここに記す。


Sさん
Sさん 欲のない人
記憶のなかのSさん
雑欲の渦の中で自分がつかめない
しっかりと握っていないと 風船のように飛んでいきそう
思い出の顔 口元にやさしさが 
失ってしまいそうな 忘れてしまいそうなやさしさ
欲張ると無くすものが多いよ
教えてくれている様
Sさん


S君は身体に無理を重ねていた。
池上本門寺近くの家に、ご両親と一緒に住んでいた。
独身の頃、自分も訪ねたことがあり、いつまでも話し込んでいて、狭い廊下に追い出されて、そこに布団を敷いて寝込んでしまった覚えがある。
田舎育ちの自分から見ると、都会育ちのもやしっ子のように青白く痩せていた。
若い、夭折の詩人だった。
13回忌は仲間たちで話し合って、渥美半島伊良湖岬のS君の郷里の墓所を訪ね、カップ酒と草花を供えた。
S君は、自分と妻を評して、
「美女と野獣、だね」と、やさしそうな口元をはにかむように揶揄って、祝してくれた。
だから、この追悼文集を妻の霊前に今日一日、飾ることにする。


写真は、アルバムにあった、知り合う前の学生時代のスナップ、まだモノクロだった