ひげ爺の今は〇〇となりにけり。

初期の老々介護日誌から、思い出の記、艶笑小咄、別サイトで歴史情話など掲載

『白鯨』モビィ・ディックに立ち向かう、エイハブ船長のような

2021.06.28
近鉄大阪線河内山本駅まで迎えに来てくれた楊玉新は、大型車の白いマツダルーチェに乗って、どこか安堵の、にこにこ顔で、手を振って待っていた。
そこまでに、ご両親の様子はあらまし手紙で聞いていて、
それでも挨拶にやって来る相手の男を、むげに追い払うものではない。
自分は、巨大な『白鯨』モビィ・ディックに立ち向かう、エイハブ船長のような高揚した気分であった、ように思う。
もう後には退けない、実際、ぶつかっていくしかなかった。


余談だが、コーヒー店スターバックスは、『白鯨』に登場する、猛り狂うエイハブ船長を諫める、コーヒー好きな一等航海士スターバックの名前に由来しているというのを今知って、驚いている。
登場人物にスターバックという名を見つけて、もしやと思って検索すると、果たしてスターバックスの原点だった。
気持ちを鎮めて、コーヒーを一杯、召し上がれ、か。


家が近づくにつれ、自分は緊張の極に達していた。
段々と、ダンマリになる自分に、妻は言った。
「心配ないわ。結婚すると決めているのだから、わたしたちの勝ちよ」
そんな意味のことを話して、手を握って来た。
妻は決して、おしとやかな深窓のお嬢ではなかったのである。
あるいはすべての女性の方が、こういった場合、強くなれるのかもしれない。


ご両親がどのような言葉で、自分を迎えてくれたか、まったく覚えていない。
四人で食卓を囲み、玉新の母親の作ってくれた、ヘチマの煮汁というものをお代わりさせられて、おそらく初めての味覚に咽喉をつまらせていると、さらにもう一杯……。
玉新は、澄ました顔で、それを知らぬふりをして父親と談笑していた。
楊の家は、自分の岡山の田舎の三反少々の小農地と同じ広さの、大阪環状線沿いの敷地に建つ、レストランと広い駐車場と豪壮な邸宅、とを構えて、末娘の結婚相手を出迎えてくれたのだった。
そのことで、かえって自分の心は、固まった。
なんぞ、座して死を待つべくんや、そんな気持ちになっていた。
楊玉新もそれを察していた。
そのあと、自分が運転して、生駒山にドライブに出かけ、駐車場の車内で熱く長い抱擁を交わした。


※思い出物語として、この辺りはお許し下されたく、


写真は、